blueskycrawler’s blog

日記と読書の記録

「最後の医者は桜を見上げて君を想う」二宮敦人

白い巨塔」の財前と里見のような・・人の死を扱ったものすごい名作だった。おもしろかった。


この世界に、こんな場所があるだなんて知らなかった。いや、もっと言おう、人が死ぬだなんて知らなかった。

人は死ぬ。苦しんで、一人ぼっちで死ぬ。そして死からは誰も逃れられない。

確率、確率、確率、確率ばかりだ。いくつもの確率をくぐり抜けなくてはならない。ただ生きるだけなのに。これまで、簡単にできていたことなのに。

ずっと、君と生きていられるって、そう思ってたんだ。根拠も何もなく、そう信じてた。何もかも、もっと先のことだと思ってた

肝臓が破壊されていく。小腸が、大腸が、肺が、目が、皮膚が、みな破壊されていく。体の内側から。

酸素をチューブから供給し、食べ物をチューブで補給し、便や尿を管から排泄する。・・・それが嫌なら、死ぬしかない。他に道はない。チューブまみれか、死か。たった二つだけ。

何十年もの間、死んでしまった人を想うことがどれだけ難しいのか、わかってない。幼稚園の友達、何人覚えてる?小学校の同級生は?

赤ちゃんみたいですね・・・何もできなくなるなんて。死ぬ時って、生まれてくる時と似てますね

世界って、生きていく人のための場所なんですよね。自分が病気になって、初めて知りました。世界は私を”近いうちにいなくなる人”として扱わざるを得ない。

食事、会話という大きなものを失ってまで生きるか、否か。どこまで生に執着するか。どこまでの医療費を許容できるか。どこまで、家族に負担をかけられるか・・・。

後で死ぬ人は、みんなの死を見届けるのが仕事。先に死ぬ人は、みんなに死を見せつけるのが仕事。

あなたの奥さんは一見生きているように見えますが、頭の中身はとっくに壊死しています。もう彼女の心は、そこにはありません。

腹を開いている間、血は流れ続けている。一秒でも余計に時間がかかれば、それだけ患者は死に近づく。わかるんだよ。生き物の中に手を突っ込んでるんだ、ほんの少しずつでも、確実に・・・弱っていくのが

病気になった当人の意思に関係なく、周りの人間としては・・・やはり、命の「長さ」の方に価値を置いてしまう。

副作用に苦しんで、一年や二年ぽっち寿命が延びる、なんてのは勘弁して欲しいんだ。それは結局、苦痛が長引くだけだから

不健康なことは・・・本当に不健康になったら、もうできないな

死の覚悟は、何もかもを物珍しく見せる。まるで、初めてこの世に生まれ落ちた時のように。

闘えば生きられるかもしれないが負ければ悲惨な死が待っている。生きることを諦めれば平和に死ねる。こんなこと判断できる?

最後の医者は桜を見上げて君を想う