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blueskycrawler’s blog

日記と読書の記録

「蜜蜂と遠雷」恩田陸

恩田陸の「黒と茶の幻想」「夜のピクニック」に並ぶ大傑作。


途方もない才能を目にするとは、恐怖に近い感情を呼び起こすものなのだ。

注目されたり、妬まれたりすることに比べたら、馬鹿にされたり、無視されたりすることは全然平気だった。

ピアノは天才少年や天才少女のためだけのものじゃないんだから。

何言ってるの。鳥は楽譜なんか読めない。でも、決して歌うことを止めないわ。

挫折していった多くの音楽家たちが陰に累々といるのを知ってるから、ますます音楽は美しい

練習を一日休むと本人に分かり、二日休むと批評家に分かり、三日休むと客に分かる

なぜ東洋人が西洋音楽をやるのか

あんなふうに、あたしは自分の仕事に幸福感を覚えたことがあっただろうか。

全く、この天才どもめ。

この子たちは、自分たちがどんなに恵まれているか分かっているのだろうか。

人の苦労は比べられない。

まさに音楽を奏でているのは指ではなく心なのだ

何かが上達するというのは階段状だ。

音楽は本能だもの。鳥は世界に一羽だけだとしても、歌うでしょう。

人としてこの世に生まれ落ちた瞬間から誰もが持っているさみしさ。誰もが逃れられない感情。

だからこそ、あたしたちは歌わずにはいられない

演奏する歓び、才能を聴く歓び、引き継がれていく歓び。

音楽家とは、なんという仕事なのだろうーなんという生業なのだろう。

音楽の神に愛された人々。


皆さんに、カザマ・ジンをお贈りする。
文字通り、彼は「ギフト」である。
恐らくは、天から我々への。
だが、勘違いしてはいけない。
試されているのは彼ではなく、私であり、皆さんなのだ。
彼を「体験」すればお分かりになるだろうが、彼は決して甘い恩寵などではない。
彼は劇薬なのだ。
中には彼を嫌悪し、憎悪し、拒絶する者もいるだろう。しかし、それもまた彼の真実であり、彼を「体験」する者の中にある真実なのだ。
彼を本物の「ギフト」とするか、それとも「災厄」にしてしまうかは、皆さん、いや、我々にかかっている。

才能とは神様からの贈り物。

『なぜ人生は音楽ではないのだろうと思うくらい音楽は美しい。』(「小説以外」より)

至る所で涙出過ぎて困った。久々の読み終わってしまって寂しい感。

蜜蜂と遠雷