blueskycrawler’s blog

日記と読書の記録

「公器の幻影」芦崎笙

はたまた新聞記者の話。価値があるのかないのかということよりとにかくおもしろい仕事だと思う。


「人間は誰しも悪気がないまま嘘をつけるタチの悪い生き物である」ということだ。さすがにそれは言い過ぎだとすれば、「人間は誰しも無意識のうちに自分の都合の良いほうへ事実を修正して、それを真実だと思い込める生き物である」とでも言ったらよいだろうか。

さらに言えば、人間はしゃべりたいという欲求と同時に、見たいという欲求も負けず劣らず強い。他人の不幸を見てみたいという欲求、特に、自分は安全な場所に身を置いた上で、できるだけ悲惨な出来事を見物したいという欲求が抜きがたいものとして存在する。これが知る権利と称するものの概ね正体なのだが、この見たい側の欲求と聞いてもらいたい側の欲求とを仲立ちすることによって、記者という職業が成り立っているのだ。

詰まるところ日本の救急医療というものは、使命感に燃えた一握りの医者の善意にすがって成り立っており、それゆえ使命感の強い医師ほど激務に耐えねばならない構造にあった。にもかかわらず、それに見合うだけの敬意を払わない患者が増えていることが、彼らのやる気を萎えさせつつあった。あまつさえ、疲労をおして無理な勤務を続け、一瞬でも判断ミスをしようものなら、訴訟で刑事責任を問われ犯罪者の烙印を押されかねないのだ。こうして割りの合わない仕事に見切りをつけ、あるいは無理に無理を重ねた末に燃え尽きるようにして、多くの心ある医師たちが勤務医を辞めて開業医に転業し、それがまた、残された救急医療スタッフの勤務条件を悪化させるという悪循環を生み出していた。それはさながら、沈み行く船から救命ボートに乗り移る船員の姿を彷彿とさせるものであった。

おもしろい仕事。うらやましい。もうチャンスないかな・・

公器の幻影」芦崎笙